三吉彩花の家族コンプレックスとは?幼少期に甘えられなかった理由
三吉彩花が明かした「家族へのコンプレックス」は、家族が嫌いだったという単純な話ではありません。
幼い頃からモデルや俳優として働き、家族以外の大人に囲まれて過ごすなかで、周囲に合わせることを覚えていった三吉彩花。
本当は親に甘えたい。
子どもらしく弱音を吐きたい。
それでも、自分の気持ちを素直に見せることができなかったといいます。
家族を大切にしたいのに、家族について前向きに語ることさえ心が許さない。
近づきたい気持ちと、近づくことへの怖さが同時にあった。
それが、三吉彩花にとっての家族コンプレックスだったのでしょう。
2023年6月、27歳を迎えるタイミングでのInstagram投稿、母親との登山、そして2024年公開の映画『本心』への出演。
長い間しまい込んでいた感情と、少しずつ向き合っていった過程をたどります。
三吉彩花が明かした家族コンプレックス
三吉彩花は2023年6月、27歳を迎えるタイミングで、Instagramに家族への思いをつづりました。
その中で、自分にとって家族は「コンプレックスのようなもの」だったと明かしています。
印象的なのは、家族を「大切にしたくない存在」として語っていないことです。
むしろ、大切にしたい。
前向きに話せるようになりたい。
それなのに、自分の心が許してくれなかったと説明しています。
仕事で家族愛について聞かれても、自分の家族について明るく話すことができない。
苦しさを解放する方法も分からず、ずっと蓋をしてきたそうです。
家族について話せない自分を、冷たい人間だと思われるかもしれない。
家族を大事にしていないと受け取られるかもしれない。
そんな不安もあったのではないでしょうか。
ただ、本人の言葉から伝わってくるのは、愛情がなかったという話ではありません。
家族を大切に思っているからこそ、簡単な言葉では話せなかった。
きれいな家族愛としてまとめるには、自分の中に残っている感情が複雑すぎたのだと思います。
世の中では「家族は大切」「親には感謝するもの」といった言葉が、当たり前のように語られます。
もちろん、それ自体は間違いではありません。
しかし、家族だからこそ言えなかったことや、家族だからこそ消えない寂しさもあります。
三吉彩花が抱えていたのは、家族そのものへの嫌悪というより、家族を素直に大切にできない自分への苦しさだったのかもしれません。
幼少期に甘えられなかった理由
三吉彩花が幼少期に親へ甘えられなかった背景には、早くから仕事をしていた環境があったと語られています。
三吉彩花は子どもの頃からモデルや俳優として活動してきました。
撮影現場では、家族以外の大人と接する時間が多くなります。
大人の指示を理解し、現場の空気を読み、周囲に合わせる。
子どもであっても、仕事の場では「今日は気分が乗らない」「お母さんに会いたい」と自由に振る舞うわけにはいきません。
もちろん、本人が仕事を嫌がっていたという意味ではありません。
ただ、子どもの頃から大人の中で過ごせば、周囲が求めている自分を察する力は自然と身につきます。
そして、その力は仕事では武器になる一方で、家庭でも無意識に働いてしまうことがあるのでしょう。
親を困らせないようにする。
心配をかけないようにする。
忙しいから我慢する。
言わなくても分かってもらえると思う。
そうしているうちに、本音を言うタイミングが分からなくなってしまいます。
甘えることは、子どもにとって本来とても自然な行動です。
しかし、一度「しっかりした子」として振る舞う癖がつくと、甘えることがわがままのように感じられる場合があります。
三吉彩花も、親に対して子どもらしく甘えたい、本音を見せたいという思いを抱えながら、それを表に出せなかったと振り返っています。
ここが、この話の切ないところです。
親に甘えたい気持ちがなかったのではありません。
甘えたいのに、甘え方が分からなくなっていた。
幼い頃に言えなかった言葉は、大人になれば自然に言えるようになるとは限りません。
むしろ時間がたつほど、「今さら何を話せばいいのだろう」と難しくなることもありますよね。
家族だから何でも話せるとは限らない。
近い存在だからこそ、拒まれたときの怖さも大きいものです。
三吉彩花のコンプレックスは、芸能活動という特別な環境から生まれた部分もあります。
一方で、本音を飲み込み、家族の前でだけ妙に素直になれない感覚は、決して特別な人だけのものではないのでしょう。
母親との登山で初めて話せた本音
長く家族への気持ちに蓋をしてきた三吉彩花にとって、大きな転機になったのが母親との登山でした。
三吉彩花は母親と2人で、片道6時間ほどかかる登山へ出かけたといいます。
本音を話したのは、登山中だけではありません。
移動する車の中でも、これまで言えなかった思いを少しずつ伝えていったそうです。
長年しまい込んできた気持ちを話すのですから、簡単だったはずはありません。
本人も、話し始めるときはドキドキしていたと振り返っています。
母親の手を握りながら、感情が込み上げてきたとも語っていました。
この場面で大切なのは、劇的な解決が起きたことではないと思います。
過去の記憶が消えたわけでも、家族への複雑な気持ちが一度ですべてなくなったわけでもありません。
それでも、話すのと話さないのでは全く違った。
三吉彩花自身が、そう実感したことに意味があります。
家族との問題は、話し合えば必ず解決するとは限りません。
勇気を出して話しても、相手が思った通りに受け止めてくれない場合もあります。
だからこそ、話せなかった人に対して「話せばいいのに」と簡単には言えません。
三吉彩花も、長い間それができなかったから苦しんでいたのでしょう。
それでも母親と向き合い、自分の言葉で伝えた。
その瞬間、家族との関係だけでなく、過去の気持ちを抱えたまま動けなかった自分自身との関係も少し変わったのではないでしょうか。
本音を伝えることは、相手を責めることではありません。
当時の自分が何を感じていたのかを、ようやく現在の自分が認めてあげることでもあります。
「あのとき寂しかった」
「本当は甘えたかった」
大人になった今では小さく見える言葉ほど、子どもの頃には言えなかったりするものです。
三吉彩花にとって母親との登山は、家族を理想の形に戻すための旅ではなかったのでしょう。
言えなかった自分から、言葉にできる自分へ進むための時間だったように見えます。
そういう時間は大切ですね~。
映画『本心』が家族と向き合う転機に
三吉彩花は2024年公開の映画『本心』で、「三好彩花」という役を演じました。
三吉彩花という本人の名前と、わずか一文字違いの役名です。
演じた三好彩花は、過去のトラウマから人に触れられることが苦手な人物でした。
名前の近さだけでも印象的ですが、役が抱える痛みや、作品が描く家族の難しさも、三吉彩花自身の経験と重なったといいます。
本人は、作品を通して家族というコンプレックスに向き合ったと語っています。
また、幼少期の記憶や環境は、その人を形づくるうえで大きな影響を与えるとも話していました。
家族は自分にとって、最も高い壁なのではないか。
そこまで表現するほど、簡単には触れられないテーマだったのでしょう。
俳優は、自分とは異なる人物を演じる仕事です。
しかし、役の感情が自分の過去と重なったとき、演技だけでは済まなくなる場合があります。
役について考えるほど、自分自身が避けてきた記憶まで見えてしまう。
かなり苦しい作業だったはずです。
それでも三吉彩花は、この役を運命的なものとして受け止めています。
映画の撮影前に家族と深く話した経験も、役づくりへつながったそうです。
つまり、映画が家族と向き合うきっかけになり、家族と話したことが今度は演技へ戻っていった。
作品と現実が、お互いを押し進めるような関係です。
役を演じるために過去と向き合い、過去と向き合ったことで役を深く理解できた。
『本心』という作品名も、三吉彩花の歩みと不思議なほど重なります。
本心は、心の中にあるだけでは相手へ伝わりません。
けれど、言葉にするには勇気が必要です。
三吉彩花にとってこの作品は、演技上の挑戦であると同時に、長く隠してきた本心を外へ出すための扉でもあったのでしょう。
家族への思いはどう変わったのか
三吉彩花の家族コンプレックスは、母親と話したことで完全に消えたと語られているわけではありません。
家族に関する感情は、それほど単純ではないのでしょう。
一度の会話ですべてが解決し、過去を笑って話せるようになる。
そんな分かりやすい結末ではありません。
ただ、以前とは決定的に違う部分があります。
それは、家族について話すことを自分に許せるようになったことです。
2023年6月のInstagram投稿で、三吉彩花はプライベートを話すこと自体が大きな一歩だったと伝えています。
それまで心の中で蓋をしていたものを、文章として公にした。
さらに母親と直接話し、後年のインタビューでも、その経験を自分の言葉で振り返っています。
家族への感情がなくなったのではありません。
感情を隠すしかなかった状態から、感情があることを認められる状態へ変わった。
この変化は、とても大きいと思います。
止まっていた時間が動き出すように。
家族へのわだかまりを話すと、親を責めているように見られることがあります。
反対に親への感謝を語れば、つらかった過去まで否定したように感じることもある。
どちらか一方を選ばなければいけないようで、苦しくなるんですよね。
しかし、本当の気持ちはもっと複雑です。
感謝している部分もある。
寂しかった記憶も残っている。
大切にしたいけれど、簡単には近づけない。
その全部が同時に存在しても、おかしくありません。
三吉彩花が踏み出した一歩は、家族を美しい物語に塗り替えることではなかったのでしょう。
きれいに整理できない気持ちを、整理できないまま言葉にすることでした。
幼少期に甘えられなかった自分を否定せず、家族を大切にしたい今の気持ちも否定しない。
その両方を抱えながら前へ進む。
家族へのコンプレックスが消えたというより、コンプレックスに人生を止められない自分へ変わり始めた。
三吉彩花の言葉から見えてくるのは、そんな静かな変化なのだと思います。
まとめ
三吉彩花が語った家族へのコンプレックスは、家族を嫌っていたという話ではありません。
幼い頃から仕事を続けるなかで、周囲に合わせることを覚え、本当は甘えたい気持ちまで心の奥へしまい込んでいたことが背景にありました。
だからこそ、家族を大切に思う気持ちと、素直に向き合えない苦しさが同時に存在していたのでしょう。
母親との登山や車中での会話、そして映画『本心』への出演は、その感情を少しずつ言葉に変える転機になりました。
すべてが解決したわけではありません。
それでも、触れられなかった思いを自分の言葉で語れたことは大きな変化です。
家族との距離を一気に縮めたのではなく、止まっていた自分の心を、ようやく前へ動かした一歩だったのかもしれません。