北口榛花はなぜチェコで練習?コーチとの出会いや現在の拠点を調査
パリ五輪女子やり投で金メダルを獲得し、日本を代表するアスリートとなった北口榛花選手。
北口榛花選手について調べると、
「なぜチェコで練習していたの?」
「チェコ人コーチとはどうやって出会った?」
「現在もチェコを拠点にしているの?」
と気になる人も多いのではないでしょうか。
北口榛花選手は2019年からチェコで本格的な海外トレーニングを開始し、ダビド・セケラクコーチと二人三脚で世界トップクラスまで成長しました。
しかし、2026年1月にセケラクコーチとの契約を終了。
現在は、男子やり投の世界記録保持者として知られるヤン・ゼレズニー氏を新コーチに迎えています。
この記事では、北口榛花選手がチェコを選んだ理由やコーチとの出会い、現在の練習環境について詳しく紹介します。
北口榛花はなぜチェコで練習していた?
北口榛花選手がチェコで練習するようになった大きな理由は、世界トップレベルのやり投を学べる環境を求めたからです。
もともと北口榛花選手は日本大学時代から国内トップクラスの選手でした。
しかし、大学時代には右肘の痛みや指導体制の変更などもあり、自分の思うような結果を残せない時期を経験しています。
そこで北口榛花選手が考えたのが、海外でやり投を学ぶことでした。
日本陸上競技連盟によると、北口榛花選手は2018年秋にフィンランドで開かれた世界やり投カンファレンスに参加しています。
そこで海外の指導者たちと交流したことが、後のチェコ行きにつながりました。
北口榛花選手自身も、日本陸上競技連盟のインタビューで、世界一を知っている国や世界トップレベルのノウハウを持つ環境を実際に体験したかったという趣旨の発言をしています。
ドイツやフィンランドなども経験した中で、最終的に選んだのがチェコでした。
チェコはやり投が非常に盛んな国です。
男子やり投ではヤン・ゼレズニー氏が98m48の世界記録を保持。
女子でも五輪女王のバルボラ・シュポタコバ氏など、世界的な選手を数多く輩出しています。
つまり北口榛花選手にとってチェコは、単なる海外留学先ではなく、やり投を世界トップレベルで学ぶための場所だったと考えられます。
2019年2月には単身でチェコへ渡り、約1か月のトレーニングを実施。
その後、本格的にチェコを練習拠点とする生活が始まりました。
北口榛花とセケラクコーチの出会いは?
北口榛花選手の競技人生を大きく変えた人物が、チェコ人のダビド・セケラクコーチです。
2人がつながるきっかけとなったのは、2018年にフィンランドで開催された世界やり投カンファレンスでした。
北口榛花選手は、その会場でチェコを含む海外の指導者たちと交流。
当時、自分にコーチがいないことなどを話したところ、チェコ側の指導者から連絡先を受け取りました。
帰国後、北口榛花選手は自らメールで指導を受けたいと連絡。
そこから紹介されたのがセケラクコーチでした。
さらに北口榛花選手はSNSを通じてセケラク氏に直接連絡し、指導を受けることになったと報じられています。
つまり、誰かに用意してもらった海外留学ではなかったのです。
北口榛花選手自身が海外へ出向き、自分から指導者を探したことがチェコ生活の始まりでした。
2019年2月からチェコでセケラクコーチの指導を受け始めると、その後の成績は大きく向上します。
2022年の世界選手権では銅メダル。
2023年の世界選手権ブダペスト大会では金メダル。
そして2024年のパリ五輪でも金メダルを獲得しました。
北口榛花選手にとって、セケラクコーチとの出会いが世界トップ選手への転機になったことは間違いありません。
北口榛花のチェコでの拠点はどこだった?
北口榛花選手が長年生活していたのは、チェコ西部にあるドマジュリツェ(Domažlice)という町です。
首都プラハから南西に位置し、ドイツとの国境にも近い人口約1万人規模の町です。
World Athleticsは、北口榛花選手が1年の大部分をドマジュリツェで過ごしていたと紹介しています。
華やかな大都市を拠点にしていたわけではありません。
やり投に集中できる比較的静かな環境で、セケラクコーチや現地の選手たちとトレーニングを続けていました。
海外生活を始めた当初は、言葉にも苦労したようです。
スマートフォンの翻訳アプリを使いながら練習し、生活面でもスーパーやレストランなどで戸惑うことがあったと報じられています。
それでも長期間生活する中でチェコ語も覚え、セケラクコーチとはチェコ語でコミュニケーションを取れるようになりました。
北口榛花選手にとってドマジュリツェは、単なる練習場所ではなく、世界女王になるまでを支えてくれた大切な場所だったようです。
北口榛花は現在もチェコが拠点?
ここは2026年時点で大きく状況が変わっています。
北口榛花選手は2026年1月、約7年間師事してきたセケラクコーチとの契約終了を発表しました。
理由については、競技を続ける中で「いろいろな世界を見てみたい」という思いがあったことを明かしています。
2025年には右肘の故障に苦しみ、東京で開催された世界選手権では予選敗退。
すでに世界選手権や五輪で頂点に立っていましたが、さらに成長するため新たな環境を選びました。
そして2026年2月から、南アフリカで行われたヤン・ゼレズニー氏のトレーニングキャンプに参加。
約2か月半にわたって指導を受けました。
ゼレズニー氏は男子やり投の世界記録保持者です。
1996年に記録した98m48は、2026年現在も世界記録として残っています。
さらに五輪でも3度金メダルを獲得した、まさにやり投界のレジェンドです。
北口榛花選手は南アフリカでのトレーニングを経て、2026年5月1日にゼレズニー氏へ正式にコーチを依頼したことを発表しました。
そのため2026年現在、
「セケラクコーチのもとでドマジュリツェを固定拠点にしている」
という以前の体制ではありません。
ただし、ゼレズニー氏もチェコ出身です。
現在も海外を中心とした活動を続けていますが、2026年8月27日時点の公開情報では、以前のドマジュリツェに代わる新しい固定拠点がどこなのかまでは確認できません。
確認できているのは、
2026年2月から南アフリカ・ポチェフストルームで約2か月半トレーニングしたこと
そして、
2026年5月からゼレズニー氏が正式なコーチになったこと
です。
したがって、「現在の拠点は○○」と断定するより、現在はゼレズニーコーチのチームで海外を中心に活動しているといえます。
北口榛花が2026年にコーチを変更した理由
北口榛花選手がコーチを変更したのは、セケラクコーチとの関係が悪くなったからではありません。
むしろ契約終了時には、長年支えてくれたセケラクコーチや家族、チームメート、ドマジュリツェの人たちへの感謝を伝えています。
大きな理由は、さらに成長したいという気持ちでした。
2026年2月に南アフリカへ出発する際にも、
「世界一を取ったが、さらに成長したい」
という考えを語っています。
新コーチのゼレズニー氏のもとでは、投てきフォームにも大きな変更を加えています。
2026年5月のセイコーゴールデングランプリ前には、北口榛花選手自身が以前とは分かりやすく変わった部分があることを明かしました。
そして6月の日本選手権では62m86で優勝し、愛知・名古屋2026アジア競技大会の日本代表に内定。
さらに8月21日のダイヤモンドリーグ・ローザンヌ大会では64m90で優勝しました。
これは北口榛花選手にとって、2025年6月以来、約1年2か月ぶりとなるダイヤモンドリーグ優勝でした。
コーチ変更直後ということもあり、新しい投てきスタイルが今後どこまで完成していくのかにも注目が集まりそうです。
まとめ
北口榛花選手がチェコで練習するようになったのは、世界トップレベルのやり投を学び、自分自身をさらに成長させるためでした。
2018年にフィンランドのやり投カンファレンスへ参加したことをきっかけに海外の指導者とつながり、2019年からチェコでダビド・セケラクコーチの指導を受けています。
チェコ西部のドマジュリツェを拠点に約7年間トレーニングを続け、世界選手権とパリ五輪の金メダルへとつながりました。
しかし、2026年1月にセケラクコーチとの契約を終了。
2026年5月からは、男子世界記録保持者のヤン・ゼレズニー氏を正式なコーチに迎えています。
さらに2026年8月には、約1年2か月ぶりとなるダイヤモンドリーグ優勝を果たし、新体制で復調の兆しを見せています。
かつての「チェコ・ドマジュリツェ+セケラクコーチ」という体制から、新たなステージへ進んでいる北口榛花選手。
2026年9月には愛知・名古屋アジア競技大会も控えており、新体制でどのような投てきを見せるのか注目されます。