40歳にして、ついに夢の舞台へとたどり着いた。

ドンデコルテ・渡辺銀次が全国区の注目を浴びたその瞬間、ネット上では**「益田の実家から卒業」**という予想外のワードが話題をさらいました。

え?実家?

笑い一筋で生きてきた20年の裏に、そんな生活が隠れていたなんて――誰もが驚いたはず。

M-1で初の決勝進出を果たした今、その道のりは「遅咲き」という言葉ひとつでは到底片づけられません。

そこにあるのは、積み重ねた年月の重みと、あきらめなかった人間のリアルな物語。

今、誰よりも異彩を放つ芸人の“本当の顔”。

その内側に、じっくり迫っていきます




ドンデコルテがM-1決勝初進出!

2025年のM-1グランプリで、ついにその名を全国に響かせた注目コンビ――ドンデコルテ。

コンビ結成から7年、地道に実力を積み上げてきた2人が、ついに夢の舞台に立ちました。

もともと「劇場でじわじわウケるコンビ」として一部では知られていた存在。

それが今回、ついに脚光を浴びることに。

SNSでは「誰!?」「あのコンビ来たか!」と、ざわつく声が次々と上がっています。

 

ドンデコルテの歩みは、2018年にお試しコンビ「news38」として始まりました。

そこから約1年後の2019年11月、現在のコンビ名に改めて正式結成。

吉本興業(東京本社)に所属し、“若手の登竜門”とされる神保町よしもと漫才劇場を拠点に、コツコツとネタを磨いてきました。

 

スタイルは正統派のしゃべくり漫才。

当初は、ツッコミ・小橋共作が身の回りの出来事を語り、そこにボケ・渡辺銀次が持論をぶつける形が基本でした。

 

しかしここ数年、渡辺の“おじさんキャラ”と、人生観のズレを笑いに変える独特の世界観が際立つように。

その“味”がじわじわと支持を広げ、いまや幅広い層からの人気を集めています。

 

ツッコミの小橋は沖縄・宜野湾市の出身。

沖縄出身のコンビがM-1決勝に進むのは、2016年のスリムクラブ以来とも言われ、地元からも熱いエールが。

ちなみにピン芸人では、2023年にハンジロウ(沖縄出身)が決勝進出を果たしていますが、コンビとしては久々の快挙です。

 

そして何より注目すべきは、年齢。

M-1では20代のフレッシュな若手が目立つ中、ボケの渡辺は40歳、ツッコミの小橋は36歳という“ベテラン枠”。

だからこそ放たれる一言一言に、深みとリアルな温度感が宿ります。

 

「地道にやっていれば、報われることもある」

そんな希望を背負って、彼らは今、大舞台に立ちます。

 

果たして決勝の舞台で、どんな“おじさん漫才”が炸裂するのか――

その瞬間を、誰もが待ち望んでいます。




渡辺銀次が40歳で初の快挙!

2025年のM-1決勝メンバーが発表された瞬間。

そこにひときわ静かに、けれど確実に注目を集めた名前がありました。

――渡辺銀次(わたなべ・ぎんじ)。ドンデコルテのボケ担当です。

 

なぜ、彼がそこまで話題になったのか。

その理由はズバリ、40歳での初決勝進出という異例の経歴にあります。

 

M-1といえば、「若手の登竜門」。

出場者の多くが20〜30代前半、というのが一般的な中で、40代での決勝進出はやはり珍しい存在。

もちろん、過去に例がないわけではありません。

でも、それが「普通」じゃないからこそ、今回の銀次の快挙には説得力があるんです。

 

キャリアは約20年。

地道に舞台に立ち続け、ネタを磨き、時に折れそうになりながら、それでも芸を捨てなかった男

ようやく報われたその姿に、静かに胸を打たれた人も多いはずです。

 

銀次はNSC東京14期の出身。

一度は「エマ」というコンビで活動し、その後ピン芸人として模索の日々へ。

長いあいだ、まったく陽の当たらないところで踏ん張ってきた人です。

 

そんな彼が今、最大の武器としているのが――“おじさんキャラ”

どこにでもいそうで、でも唯一無二。

見た目もしゃべり方もリアルな中年感全開なのに、口から出てくる言葉にはどこか文学的な香りがする。

 

というのも、彼の趣味は「けん玉」と「日本文学の読書」。

このギャップ、クセになりませんか?

 

ネタの中に散りばめられた言葉選びやリズム感も絶妙。

人生の“あるある”と“違和感”が混在したセリフに、「わかる…けど、そう言う!?」と笑ってしまう不思議なズレ感。

これが、若手では出せない“中年芸人のリアル”なんです。

 

そして、会見で放たれたあの一言が、さらに話題に火をつけました。

「やっと他人の実家から出られると思います」

 

どういうこと!? とSNSは騒然。

実は渡辺、長年にわたり芸人仲間・カゲヤマの益田の実家に居候していたんです。

しかも賞金の使い道を問われて、

「お世話になっている益田家の塀を直したい」

と、真顔で発言。

これがまた、じわじわくる。

 

お金がなくても、住む場所があやふやでも、芸人をやめなかった。

その背景があるからこそ、彼の言葉にもネタにも、リアルな重みが乗る。

 

「華やかさ」とは無縁。

でも、その分だけ本物で、共感できる。

“笑いの向こうに人生がある”――まさにそんな芸人です。

 

渡辺銀次、40歳。

“異例”と呼ぶには少し惜しい、けれど確かに“今、注目すべき男”です。




益田の実家卒業エピソードとは?

ドンデコルテ・渡辺銀次がM-1決勝進出を果たした2025年。

その喜びの中で、もうひとつ大きな話題を呼んだのが――

「益田の実家から、ついに卒業」という、まさかの発言でした。

 

……え?益田の実家?誰?

そう思った人も多かったはずです。

 

益田とは、お笑いコンビ「カゲヤマ」の益田康平さん。

そしてその「実家」というのが、なんと渡辺銀次が約10年ものあいだ暮らしていた家なのです。

 

スタートは2015年5月。

ちょうどドンデコルテ結成の少し前、渡辺が30代に差しかかった頃でした。

以来、現在(2025年12月)まで約9年7ヶ月、芸人仲間の実家で過ごしてきたという、驚きの生活ぶり。

 

しかもそれを、M-1決勝進出の会見で堂々と語る渡辺。

「やっと実家を出られると思います」

と笑いながら話す姿は、リアルすぎて逆に清々しいほどでした。

 

とはいえ、完全な“居候”ではありません。

渡辺は益田家の二世帯住宅の1階部分をルームシェア形式で借りて住んでおり、きちんと家賃も支払っていたとのこと。

玄関も風呂も別々。生活空間はそれなりに独立していたそうです。

 

……それでも、ですよ。

芸人仲間の実家の一角に40歳まで住んでいた、というインパクトは、やっぱり強烈です。

 

渡辺がその生活を始めたのは、芸人として思うようにいかず、苦しい時期。

バイトで食いつなぎながら、劇場の舞台に立ち続ける毎日。

テレビにも出られず、名前も知られていない――そんな日々の中で、帰る場所があることは、きっと何よりの支えだったはずです。

 

だからこそ、M-1の決勝が決まり、賞金の使い道を聞かれた彼の答えが沁みました。

「まずは益田家の塀を建て直したい」

 

……いや、そこかい!

思わず全国がツッコミを入れたであろう、謙虚すぎる一言

でも、それがまた渡辺銀次という人の“らしさ”を際立たせました。

 

夢や名声を語るよりも、まずお世話になった家に恩返しを。

そんな姿勢に、多くの人が心を打たれたのではないでしょうか。

 

9年越しの決勝進出。

10年越しの実家生活からの卒業。

 

これはただの快挙ではなく、一人のおじさん芸人が長年の居場所に別れを告げ、新しい一歩を踏み出す物語なのです。

 

「40歳」「おじさん」「けん玉」「文学」「居候生活10年」

これだけ詰め込んでもキャラがブレない芸人――

そう、渡辺銀次しかいません。

 

M-1の舞台で、彼は何を語り、何を見せてくれるのか。

そして本当に、塀は建て直されるのか。

その答えは、12月21日、いよいよ決勝の舞台で明かされます。




まとめ

スポットライトを浴びる、その一瞬のために。

何年かかろうと、足を止めなかった芸人がいます。

**渡辺銀次。**

華やかさとは無縁の場所で、じわじわと心に染みる笑いを武器に、静かに、そして確かに歩み続けてきた人。

その舞台裏には、約10年に及ぶ居候生活という現実がありました。

芸人仲間の実家の一角を借りて、バイトをしながら、ネタを書き続ける日々。

きっとその暮らしの中で見えてきたものが、彼の漫才にある**「間」や「言葉の選び方」**に、自然と深みを刻んできたのだと思います。

ようやく開こうとしている、ひとつの扉。

笑いと人生が重なるその瞬間を、誰もが目に焼き付けたくなるはずです。

ABOUT ME
to-chan
元介護施設職員、現ブロガー、雨を愛する人 自動車好き、読書、光輝くもの好き 座右の銘:朱に交われば赤くなる 好きな四字熟語:一期一会