2025年の九州場所で歴史に残る取組を演じた、ウクライナ出身の力士・安青錦 新大。
その快進撃は、単なる才能や努力だけでは到底説明できないほどの熱と深みがありました。
異国の土俵で孤独に戦う若者――
その背中を支えていたのは、表には出てこない家族との複雑な絆でした。
彼の父と母は、今どこにいるのか。
兄は、どんな思いで弟の勝利を見つめていたのか。
カメラのフラッシュが届かない場所で、静かに、そして壮絶に積み重ねられてきた“家族の物語”。
いま、その断片をひとつひとつ辿っていきます。
安青錦の家族構成と背景
2025年11月の九州場所――
土俵を揺るがす劇的な逆転優勝を果たした、ウクライナ出身の力士・安青錦(あおにしき)。
本名はダニーロ・ヤブグシシン。まだ21歳という若さながら、その闘志と涙は、多くの相撲ファンの心をつかみました。
けれど、その強さの根っこにあるのは、技術や体格だけではありません。
彼には、戦禍に引き裂かれた家族との深い物語がありました。
「家族みんなでまた食卓を囲みたい」
このシンプルな願いに、彼のすべてが詰まっている気がしてなりません。
安青錦は4人家族です。
父・母・異母兄、そして本人。彼は末っ子にあたります。
3歳上の異母兄とは、母親が異なります。
今もウクライナに残る兄とは、連絡を絶やさず絆を保っているそうです。
「兄とは時々連絡を取っている。無事でいてほしい」
そう語ったインタビューの一言には、切実な祈りがにじんでいました。
両親はすでにウクライナを離れ、現在はドイツ・デュッセルドルフで暮らしています。
父・セルゲイさんは57歳、母・スウィトラナさん(スベトラーザという表記もあり)は47歳。
母は元々ドイツのクリーニング会社で働いており、2022年2月のロシアによる侵攻直後、すぐに家族の避難を決断しました。
父も後を追ってドイツへ。
今では夫婦でクリーニング店を切り盛りしています。
そしてもう一つ。
安青錦が日本で力士としての道を選んだ背景にも、母の存在がありました。
「日本に行っても大丈夫」
そう言って背中を押してくれた母に、彼はいまも深く感謝していると語ります。
優勝直後のインタビューでは、こんなエピソードも。
「両親は仕送りはいらないと言うけど、賞金で何か買ってあげたい」――
その言葉には、遠く離れていても家族を想う気持ちが詰まっていました。
両親と兄は今どこに?
安青錦が初優勝を果たしたとき、多くの人が思わず口にしたのがこの問いでした。
「彼の家族はいま、どこでどんな暮らしをしているのだろう?」
快挙の報道は華やかでも、その舞台裏にいる家族の姿までは、なかなか語られることがありません。
まず、両親について。
現在ふたりはウクライナを離れ、ドイツ・デュッセルドルフで暮らしています。
避難したのは2022年、ロシアによる侵攻が始まった直後のことでした。
実は、母・スウィトラナさん(報道によってはスベトラーザさん)は、それ以前からドイツで働いていた経験があります。
そのため戦火が広がる中でも、いち早く情勢を見抜き、家族を導いたというわけです。
あのとき、安青錦はまだウクライナの大学に在学中。
相撲に打ち込みながらも、自国を離れる覚悟を決めきれてはいませんでした。
そんな彼に、母は言いました。
「日本に行っても大丈夫」
この一言が、彼の進路を大きく動かします。
安青錦は日本へ渡り、関西大学で学びながら相撲部に所属。
のちに安治川部屋に入門し、力士としての道を歩み始めました。
父・セルゲイさんも、後からドイツに合流。
今では夫婦でクリーニング店を営み、地元で堅実に暮らしています。
印象的なのが、息子の仕送りの申し出を「いらないよ」と断ったというエピソード。
「自分のことは自分でやる」「自立して生きていく」――
そんなウクライナらしい家族観が垣間見えます。
一方、兄の存在も忘れてはなりません。
安青錦には3歳上の異母兄がいます。
彼は今もウクライナに残り、現地で生活を続けています。
「異母兄」というとどこか距離を感じるかもしれませんが、ふたりは非常に仲が良いそうです。
実際、頻繁に連絡を取り合い、互いの無事を気遣っているとのこと。
安青錦自身も、「また会いたい」「とにかく無事でいてほしい」と、何度もその願いを口にしています。
今のところ兄に避難の予定はありませんが、いつか再会のタイミングが巡ってくるかもしれません。
ウクライナでは、家族が別々の国に暮らすのが当たり前になりつつある今、
安青錦一家もその“戦争がもたらした家族のかたち”のひとつなのです。
物理的には遠く離れていても、心の距離はむしろ近づいているのかもしれません。
SNSでは「安青錦の家族に幸あれ」「再会できますように」といった声が多く寄せられています。
彼の勝利は、ただのスポーツの話題ではなく、戦争と家族について考えるきっかけを与えてくれています。
さて――
では、この壮絶な家族背景が、力士としての彼にどう影響を与えていたのか。
次のパートでは、その道のりをさらに深掘りしていきます。
壮絶家族ドラマと優勝秘話
「喜んでくれるとうれしいです。両親はずっと世話をしてくれたので、『おかげさまで』って言葉を伝えたい」
――2025年11月、九州場所で初優勝を果たしたウクライナ出身の力士、安青錦 新大(あおにしき あらた)のこの一言に、多くの人が静かに胸を打たれました。
立ち合いからにじみ出た鬼気迫る気迫。
土俵際の大逆転。
そして、表彰式で見せた涙交じりの言葉。
それは単なる勝敗の話ではなく、ひとつの壮大なドラマでした。
彼の優勝がここまで人々の心を揺さぶったのは、土俵の外にある物語の重さに、多くが気づいたからです。
安青錦の相撲人生は、平穏な日々からは程遠いスタートでした。
戦火に揺れるウクライナ。
侵攻を機に、家族はバラバラに避難。
まず母がいるドイツへ向かい、そこから彼はたった一人、日本を目指す決意をします。
異国の文化、言葉、慣れない空気。
それでも彼は日本の大学に進み、関西大学相撲部を経て安治川部屋へと進みました。
まだ10代だった彼が、家族のいない異国で“力士になる”という決断を下した意味。
それはきっと、何よりも大きな「恩返し」がしたかったから。
ウクライナに残る異母兄、
ドイツで懸命に働く両親――
それぞれがそれぞれの場所で、懸命に生きる姿を思いながら、
「自分もがんばらなきゃ」と彼は何度も口にしてきました。
優勝後のインタビューでは、いつもの落ち着いた口調でこう語ります。
「両親に恩返ししたい」
でも、あの場で流れた涙は、
土俵のプレッシャーだけではない、言葉にしきれないほどの想いが溢れた証だったのかもしれません。
SNSには称賛の声が相次ぎました。
「こんなに心が震えた取り組みは初めて」
「国や文化を超えて尊敬できる力士」
「家族のために戦うその背中が、美しい」
そんな言葉の数々が、彼の優勝がただの「成績」ではなかったことを物語っています。
本人はすでに「ここがゴールじゃない」と語り、さらなる高み――番付昇進、そして横綱への夢を静かに見据えています。
そのすべての歩みに、家族への想いと、かけがえのない絆が深く刻まれているのは間違いありません。
ウクライナの地から、遠く離れた日本の土俵へ。
戦争という現実を背負いながらも、強く、まっすぐに前を向いて進む安青錦。
その姿には、どこか“現代のサムライ”の風格すら感じられます。
安青錦 新大――
この名前が相撲界に、そして私たちの心に残り続けるのは、
技や結果だけではなく、彼の中にある“人としての強さ”がにじみ出ているからなのかもしれません。
まとめ
遠く離れた土地で、それぞれの空を見上げながらつながっている家族。
ウクライナ出身の力士・安青錦 新大が土俵の上で見せた強さは、記録や過去の実績ではとても語りきれない、生き様そのものでした。
戦火を越え、国を越え、それでも失われなかった絆。
その姿に、私たちはただ感動するだけでなく、自分自身の“家族”や“つながり”を重ねてしまうのかもしれません。
何かを失ったとき、それでも前に進もうとする姿――
そこに、未来を信じる力があるように思えてなりません。
静かに、確かに歩み続ける彼の背中に、これからも多くの人が、静かなまなざしを向け続けるはずです。